最近平日も休日も街中を歩いていると現金輸送車ばかりが目につきます。
この市場が突然脚光を浴びた訳ではないので、
現金輸送車が待中に増えた訳ではありません。
自分が意識しているので、これまでは目に入っていたけれど、
「見えて」いなかったものが「見える」ようになったのだと思います。
それでは今週の読書から。
『(前略)村上:「ドトールのスタイルを思いついたのは
パリのカフェだそうですね。コーヒー業界の使節団だったそうですが、
何人ぐらいの方と一緒に行かれたんですか。」
鳥羽「約30社じゃないかと思います。
(中略)しばらく行くと凱旋門が向こうに見えるので、
凱旋門を見てみようと歩いていると、サラリーマンの方が地下鉄から
どんどん出てきて喫茶店に入っていく。
私も一緒に入っていったら、中では、みんな立って(コーヒーを)飲んでいる。
当時日本では、立って飲んだり食べたりしたら、
母親が子供のお尻をひっぱたくくらい行儀の悪いことだとされていた時代です。
ですから、私も不思議に感じた訳です。どうして立って飲んでいるんだろうと。
そうしたら、立って飲むと50円、座って飲むと100円、
テラスで飲むと150円と、価格が違うことがわかった。
なるほど、最終的に来る喫茶店の形態はこれだと、心の中で叫びましたね。」
村上:「その時、他のメンバーはカフェに行っていないんですか。」
鳥羽「みんな行っています。」
村上:「(前略)そういう人が何十人ととパリのカフェを見て、
当然ヒントがあったはずなのに、それを活かしたのが、鳥羽さん一人だったと
いうことです。」
鳥羽「後で考えて見ると、将来の喫茶業がどうなるだろうかという
危機感をもっている人と、コーヒーが値上げしていくのは当たり前だと
考える人の差がそこにはあったのかなという気がします。
(中略)関心があると見えるんですね。関心のないものというのは、
目には入っているけれど見えていない、ということだと思います。」』
カンブリア宮殿 村上龍×経済人「社長の金言」より